承徳 普陀寺 1
今回の承徳の旅(2泊3日)の最大の目的地です。
最初の入り口近くに世界遺産登録のプレートがありました。
1994年12月17日に登録されています。
チベットのポタラ宮殿を模して建立された普陀寺(ポータース)と発音も似ています。
国の重要文化財の指定は1961年に発行されています。
普陀宗乗之廟が正式名称のようです。
正式の名称も漢字を含めて4種類の文字で表示されています。
中国元の紙幣と同じ様に多民族国家としての対応です。
何語かよく分かりません。漢族の漢字とチベット語、モンゴル語、カザフ民族の言葉かなと勝手に思いました。どうでしょうね。
入場口から入った場所です。正面に門ような建物があります。中国人の観光客が沢山来ていますが、日本人は少ないですね。日本人向けのツアーの設定が少ないようですね。
全景を表した写真があったので撮影してきました。山全体を利用した配置がよく分かります。
赤と白に色づけされていて、すごく特徴のある建物です。
次に紹介文です。
『普陀宗乗』の言葉はチベットのラサにある『布達拉宮(ポタラ宮殿)』の漢字訳になると説明してあります。建設開始は1767年で4年後の1771年に完成しています。
そして、1771年に乾隆帝60歳と皇太后80歳の誕生日の慶典にチベットやモンゴルの王侯や貴族が集まったと記されています。
再度全景図ですが、清の時代に承徳の建物を作った乾隆帝の権力の強大さを感じます
いよいよ下の写真の門を通って、見学を始めます。
次回以降の紹介を楽しみにしてくださいね。
今回の承徳の旅(2泊3日)の最大の目的地です。
最初の入り口近くに世界遺産登録のプレートがありました。
1994年12月17日に登録されています。
チベットのポタラ宮殿を模して建立された普陀寺(ポータース)と発音も似ています。
国の重要文化財の指定は1961年に発行されています。
普陀宗乗之廟が正式名称のようです。
正式の名称も漢字を含めて4種類の文字で表示されています。
中国元の紙幣と同じ様に多民族国家としての対応です。
何語かよく分かりません。漢族の漢字とチベット語、モンゴル語、カザフ民族の言葉かなと勝手に思いました。どうでしょうね。
入場口から入った場所です。正面に門ような建物があります。中国人の観光客が沢山来ていますが、日本人は少ないですね。日本人向けのツアーの設定が少ないようですね。
全景を表した写真があったので撮影してきました。山全体を利用した配置がよく分かります。
赤と白に色づけされていて、すごく特徴のある建物です。
次に紹介文です。
『普陀宗乗』の言葉はチベットのラサにある『布達拉宮(ポタラ宮殿)』の漢字訳になると説明してあります。建設開始は1767年で4年後の1771年に完成しています。
そして、1771年に乾隆帝60歳と皇太后80歳の誕生日の慶典にチベットやモンゴルの王侯や貴族が集まったと記されています。
再度全景図ですが、清の時代に承徳の建物を作った乾隆帝の権力の強大さを感じます
いよいよ下の写真の門を通って、見学を始めます。
次回以降の紹介を楽しみにしてくださいね。
by tyuugokutaikenn
| 2008-10-04 17:39
| 承徳訪問